はじめまして。
愛媛県松山市で、カウンセラー/ライフコーチをしています、菊池伸哉(きくちしんや)と申します。約25年間「食」に関わるサラリーマンをしてきましたが、50歳という人生の節目を機に、新たな生き方をスタートしました。現在は、「こころととのう」そば打ち講座を行いながら、カウンセラーとして「生きづらさ」を抱える人に寄り添い、ライフコーチとして「あなたらしい人生の山歩き」をサポートしています。

抱えつづけてきた「生きづらさ」

今では、「自分らしい人生」を前向きに生きている僕ですが、実は物心ついた頃から、ずっと何とも言えない「生きづらさ」を抱えてきました。特に小中高時代は、人見知りでコミュ障、陰キャでネガティブ、劣等感と自己嫌悪で自信が持てず、人と自分を比べては「ダメな自分」に落ち込み、鬱々と過ごす日々。

中学2年の時に父の借金が原因で両親が離婚したことも、影響したと思いますし、今になって考えると、いわゆる「繊細さん(HSP)気質」であることも一因だったと思っています。

悩みの種は?

とにかく僕は、「人の目」が気になる質(たち)で、それが悩みの種でした。人前にでると緊張してうまくしゃべれず顔が赤くなる、目を見て話せない、会話が続かず冷や汗がでてくる…などなど。でも、これらはよく聞く話ですよね。僕の場合は、それに加えて、人には言えない、別の悩みがありました。それは…隣に人がいると、もしくは後ろで待っている人がいると、『おしっこ』がでない(でにくい)という悩みなんです。

今では、自己開示できるようになりましたが、当時は結構深刻で、決して長くはない休憩時間、わざわざ離れにある校舎のトイレにいったり、結局、用を足せずに教室に戻ったり…。ま、未だにその名残はあるんですけどね。

他にも

  • 3人以上だと会話に入れず、その場にいるのが苦痛になる
  • どこにいても、居場所がないと感じる
  • 人ゴミの中にいるだけで、しんどい
  • 無性に一人になりたい時がある
  • そんな「ダメな自分」に、また落ち込む…という負のスパイラル

これらは、社会にでてからも大して変わらず、むしろ人間関係が複雑になった分悩みも深くなっていきました。

例えば

  • 飲み会で気が付くと一人になっている
  • 上司や部下の機嫌が悪いと、自分のせいだと思い仕事が手につかない
  • 出張で慣れない場所に行くと片頭痛でぐったりする
  • 家に帰ってからも悩んでいるので不機嫌で無口になり、妻や子供と距離ができる
  • 家に居づらいので残業や休日出勤ばかりする
  • そのくせ、「休みがない!」と不平不満が募る負のスパイラル

こんな「ダメな自分」を周囲にバレないように必死で隠し、上辺は「いい人」を演じ続けていました。だから余計に生きづらかった。いつしか、こんな状態が日常になっていました。人生うまくいかないな~といつもモヤモヤしていました。

心の中で願っていたこと

うすうす気付いていたのですが、ダメな自分に落ち込むとか不平不満があるというのは、その逆の「なりたい自分」とか「理想の生活」があるということ。本当は心の中では、切なる願いがあった。夢や目標もあった。それを見て見ないふりをしていたんです。

本当は

  • ダメな自分を変えたい、些細なことで悩まない自分になりたい
  • 人目を気にせず、行動できるようになりたい、本音を言えるようになりたい
  • 人生このままで終わりたくない、あきらめたくない
  • もっと自分らしく、もっと自由に楽しい人生を送りたい
  • もっと幸せに、もっと豊かになりたい
  • 自分の可能性をあきらめず、将来に希望の光を見出したい
  • 自分のことが好きになりたい

「ダメな自分」を変えたい一心でやってきたこと

日々、悩みながら、落ち込みがら日常に流される一方で、心の中の願いをあきらめきれない自分がいました。なんとかして、苦しい現状を脱して願いを叶えるためには、まず「ダメな自分」を変えなければいけない!そう考えた僕がやってきたこと、それは「外に答えを求める」ことだったんです。時間があれば、自己啓発の本を読み漁り、高額研修や講座にも、たくさん参加してきました。ノウハウやら知識やらをインプットして、できることは実践もしてきました。

頑張ってみた結果

自分の性格を変える方法、思考や習慣を変える方法をインプットしては、できることからやってみる。例えば、「ノートに理想の自分のイメージを書いて毎日持ち歩く、自分に足りない能力を補うための勉強や資格取得を目指す、雑談上手になるために興味のないことでも情報を仕入れる」…などなど。

これらは、やればやるほど上手になるし、気付きもある。さらに資格も取得でき、確かに得られたものは大きかったと思います。昔に比べるとコミュニケーション能力も上がってきて、会社では役職もつき、人前で話す機会も増えて、以前よりは緊張しなくなりました。

挫折

でもね、ずっと抱え続けてきた「生きづらさ」は、軽くなるどころか、どんどん膨張していくような感覚があるんです。表面上は取り繕っているけれど、相変わらず人と自分を比べては「ダメな自分」に落ち込むし、どこにいても居心地が悪いまま。役職があがると、それに伴い問題も増え、上司と部下の間であくせく働く毎日。家族との距離も離れていくばかり…。

40歳を境にして起こる変化

気が付けば40歳を超えていました。とうとう心身が悲鳴をあげてしまいます。仕事とプライベートの悩み、ストレスから、そしていわゆる「中年期危機」とも重なり、車での通勤途中、胸が苦しくなって、ちょっと休むために駐車したところから動けなくなってしまいました。結局その日は、会社に行けず、欠勤。その後も、会社にはいけても、「人と会いたくないし、しゃべりたくない」「頭が回らず、ミスを連発する」「ふいに涙がでそうになる」などなど。それまでも、似たような状態は経験してたし、その度に自分で「なんとか」してこれてたのですが、この時はちょっと「様子が違う」感覚がありました。そんな状態が2ヵ月続いたころに、とうとう自分一人では回復が難しいと限界を感じ、人生で初めてのカウンセリングを受けました。その時の印象は、「これだけ?時間の無駄だったな…」という落胆が9割、残りの1割は「次の約束をしてしまったので、行くしかないか」という、義務感。結局、自分でなんとかするしかないんだな~とあきらめかけていました。しかし、回数を重ねるごとに、少しづつ自分の内側に変化がでてきたんです。人と比べて自分に欠けているもの、人と比べて劣っているものをなんとか埋めようと頑張ってきた結果、会社ではそこそこ出世もしましたし、人前で話をすることも以前よりは苦にならないようになりました。仕事柄、接客をしたり、商談をしたりすることも増え、社会生活をする上では、うまく立ち回れるようにもなりました。それでも相変わらず「人の目」が気になって、行動するのを躊躇したり、本音を言わずに場を収めることを優先する僕がいるんです。その僕は、仕事の時だけじゃなく、一番くつろげるはずの家庭でも発動して、いつしか家に居るときでも気を遣うことが日常になっていました。30代前半で、会社を退職し、「手打ち蕎麦屋」を目指したのですが、結局挫折し、前職に就いたことで、家族に迷惑をかけた罪悪感。妻にお小遣いをもらうことを言いだせないまま気づけば15年、お風呂も一番風呂に入らずに最後に入る。40代半ばまでそんな生活を日常にしている僕がいました。


 



趣味の方でも、バイクツーリング&ソロキャンプをしながら、手打ち蕎麦を届け、その道中で好きな神社を巡るという夢も実現しています。

そんな僕ですが、物心ついた時から、ずっと何とも言えない「生きづらさ」を抱えて生きてきました。その原因は、家庭環境や僕自身の気質(いわゆる「繊細さん(HSP)」)によるところが大きいと今では考えています。




なんとも言えない「生きづらさ」を抱えていた僕が、「自分を知り、受け容れる」こと、そして「やり方」よりも「在り方」を大切にすることで自信を取り戻し、自分のことが少しずつ好きになってきました。人間関係の悩みは、随分軽くなり、ご縁の広がりはもちろんのこと、なんだか「運の流れ」も良くなり、各段に「生きやすく」なったんです。今では各地に同じ志をもった仲間がいて、趣味のバイクツーリング&ソロキャンプをしながら、手打ち蕎麦を届け、その道中で好きな神社を巡るという夢も実現しています。相変わらず悩みはあるし、予期せぬトラブルや問題は日々起こっていますが、そんな時でも「大丈夫!」と自分の人生をまるっと信頼できている僕がいます。こんな「現在進行形」の僕自身を表現していくことが、必要な人に、必要なタイミングで大切な気付きや次の一歩を踏み出す勇気をお届けできるんじゃないかな~と信じて活動しています。

僕が伝えたいこと

  • 内側(こころ)をととのえると、外側(現実がととのう
  • 「過去」や「未来」ではなく「今」を生きる
  • 「ネガティブ」こそが、最高のギフトである

そもそも僕が、「生きやすい」を探究するようになったのは、自分自身がずっと、なんとなく「生きづらさ」を抱えながら生きてきたから。
その原因は…育った家庭環境かもしれないし、HSP(繊細さん)気質かもしれない。いずれにしても、ずっと「生きづらさ」と共にいました。

「生きづらさ」とは?
僕は、物心ついたころから「人の目」が気になる質(たち)でした。
どのくらい気になるのか?というと…「隣に人がいると、もしくは後ろで待っている人がいると、『おしっこ』がでない」くらい気になる(笑)
今では、自己開示できるようになりましたが、学生のころは結構深刻で、決して長くはない休憩時間、わざわざ離れにある校舎のトイレにいったり、結局、用を足せずに教室に戻ったり…。ま、未だにその名残はあるんですけどね。他にも、
「人と比べて、『ダメな自分』に落ち込んで、2週間うつうつ状態が続く」
「人の目を見て話せない」
「視線を向けられると、歩き方がぎこちなくなってしまう」
「初対面の人との会話が続かず、その場にいるのが苦痛でしょうがない」
「家族といても、居場所がないと感じたり、無性に一人になりたいと思う」
そんな「ダメな自分」に、また「落ち込む」という負のスパイラル。



僕は今年52歳になります。約25年間「食」に関わるサラリーマンをしていましたが、50歳という人生の節目に、残りの人生を「より自分らしく楽しみ、人に社会に貢献できる生き方をしたいとの思いから、それまで勤めていた会社を退職し、「ライフシェルパ」を起業しました。シェルパとは、ヒマラヤの道先案内人のこと。カウンセラーとして「生きづらさ」を抱えている人に寄り添い、ライフコーチとして「自分らしくより幸せになりたい人」をサポートしています。

40代半ば、仕事やプライベートの問題に悩み、またいわゆる「中年期危機(ミッドライフクライシス)」とも重なり、メンタル不調に陥りました。